冬場の下書きを供養させて

少し前に体調を崩した。

原因は結局わからなかったが、胃腸が弱り食が細くなった。

深夜に目が覚め、具合の悪さから#7119に初めて電話をかけた。

時折寝ても全く楽にならず明日を信じられない不調がある。

 

回復してきたものの、自分自身がいつの間にかあらゆる意味でおじいちゃん化してることに気付いた。

生活のスピードも、趣味もおじいちゃんみたいになっている。

でもたぶん自分はおじいちゃんが好きなんだと思う。

接するのも好きだし、自分も良い老紳士になって喫茶店とかやりたかった。

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これから性別を変えることはできないし、高齢になるまで生きたいともあまり思ってない。

(というかこんな世の中で高齢まで生きる展望持てなくないですか?)

でもなるべく自分の好きなおじい感を出しながらゆったりと生きていきたいなと思う。

身体がもう全然言うことを聞かない割に中途半端に健康?なのでなんの保障もなく、脳内で「野垂れ死ぬかもしれないね」と朝ドラの曲が聞こえてくる。

 

こういう人間こそ地盤のしっかりした生活(収入)が欲しいところだが、そういう人間が一番未来に堅牢な約束をすることができない。

 

その日暮らしでもあまり不安じゃないならそうしてると思う。少し不安が強いから頑張ってみて案の定心身がめっちゃ疲れるんだけど…

正直老後のこととか10年後、5年後のことも考えられないので、自分がイメージできる明日とか1年とかのためにしか頑張れない。

私には子どもが居なくて、おそらくこの先もそういう存在は現れない。

短い未来や今を生きるためにしか生きていないので、今に集中してよく感じてなるべく穏やかに生きていきたいと思うだけ。

季節が巡ってまた桜が見られた時に「なんとか会えましたね」って話せればそれで良くて、どの時期もやり過ごし方を覚えて愛せたら人生は上出来。

 

2026年3月所感

「日に日に世界が悪くなる」

朝ドラの主題歌でそう歌い出されると、強烈だなと思うと同時に共感してしまう。

私も長く生きてないし学が浅いので今がどのくらい酷い時代なのか冷静に分析することが難しいのだが、おそらく今感じてるこのキナ臭さは上の世代にも大層な不安を感じさせるものだと思う。

 

どれだけつらくてもそこから目を背けることはできないし思考を止めることもできない。

日によっては考えられないことももちろんあるけど、数ヶ月単位でそれらを放棄したらもう戻れないものがありきっと後悔する。

 

毎日世界情勢や政治についての話題で心が疲れきり自暴自棄になりそうになる。

それでも私は抵抗し続けていたいし、逃げないまま今咲いている花の美しさに気付きたいと思っている。

私はなんなら他人よりも心が狭いし性格が悪いし根暗の自覚があるが、善くありたいと願い努めてはいる。

心が狭くてエネルギーが無いので、社会的地位を高く保つ努力をするとすぐに余裕が無くなり、喧嘩を吹っかけるし情報処理が追いつかなくなる。

私はすごく早い段階で出世と昇進という言葉から縁を切った。

意欲的でなくてもそこを目指さないと野垂れ死ぬのかもしれないけど、なるべく人間性を保って特別なこともなく死んでいきたい。

私個人が生きている間に自分の功績という形で何かを遺すことはおそらく期待できない。私はすでに子孫も諦めたし、自分の仕事がそれとわかる形で後世に遺ることも無いと思う。

ただ、雨垂れの一滴でも良いので、私にまつわることが平和に繋がってほしい。

 

相手を尊重すること、平和を愛すること、違いを認め合うことは時にとても頼りない。

対立する考えの人々が強い口調で断定的な物言いをする時にも、こちらはその同じ土俵に立つことで矛盾を抱えてしまうことになる。

強くて断定的な言い方をこちら側はその信念から言うことが難しい。

どちらの意見がわかりやすくて大衆が流されやすいかなんてハッキリしている。

そのズルさを向こうは理解して煽ってきているのだろうか。少し憤りを感じてしまうことがある。

 

同じ土俵に立たないで、上手く戦えなかったから今日の状況があるのだろうか。

私はその逆もあるように思っている。

いつのまにか共感できていたはずの人たちが、強い言葉を使い攻撃的になっていったことで支持を失っていった部分もあると思う。

この考え方も失敗だったんだと思わせたことで揺り戻しが起きた。

 

自分も焦るし危機感を煽らないと、急がないととも思ってはいる。

ただ、焦って責めても大衆はついてきてはくれないのだと思う。

私はわかりやすいことや断定的な表現をずっと忌避してきたし今後もそうではあるけど、そういう部分を考えながらでも工夫して聞いてもらえる話に近づける必要があると思っている。

少なくともこちらまで攻撃的になっていては仕方ないし、これから知る可能性のある人を見下すような言い方や責めるような言い方をしていては状況は変えられないのだろう。

 

焦る気持ちはわかるけど、やはり落ち着いて地道にやるしかない。

この状況で地道にだって?と思われるかもしれない。

理解している。だから私の代では世界は改善しないかもしれない、自分は何も成し遂げないだろうと言っている。

それでもその小さな種が偶然奇跡的に死後に芽吹くのを期待してやっていくしか無い。

全て何が後世に遺るかなんて、いくら計画してようが最後は運任せでもある。やれる準備をするしかない。

だからこそ今小さな平和を作っておく心の余裕が欲しい。

私の生きてる間に…と言っても正直この情勢で私は一体5年後も生きていられるのか?と思ってる。

一寸先もここまで暗くて不確実だと思わなかった。だからこそ自分の老後より大切にしたいことが出来てしまった。

全て無意味かもしれない。でも、せめて綺麗にやっていきたい。それだけである。

 

前厄のヤス

今年に入ってから毎月一回階段で転んで、尻もちをついている。

今回は痛みが強くてまだ静養中なのに、たぶん今風邪をひき始めている。めっちゃ花粉症の症状強いみたいな感じだったけど、38度出ちゃったので風邪だと思う。

今年から前厄なので厄払いに行ったんだけど、まあそれなりにずっと不調で慢性的に口内炎口角炎痔のいずれかに悩まされているし、痔、便秘、尻もちによる痛みでトイレで2時間死にそうになってた。

随分情けない話である。

なんなら階段落ちは毎回出先でやらかしていて、五分ほど動けないでいたので毎回親切な中高年のみなさんに優しく心配してもらっていた。

整形外科にも世話になる機会が増えていよいよ高齢者の生活にかなり接近しているし、その高齢者にむしろ助けてもらっている。

なんて情けないんだ。

痛みと不甲斐なさと優しさに泣いている。

ストレッチくらいは頑張ってたのにそれすらも今はなかなかできない。あと精神科の通院が逆にできなくなったりもしてる。薬は切れてるし情緒もまだ平気ではないんだけど、他のことが起こりすぎていて。

 

ただ何とか大ごとになりきらずに回復しそうな兆しのものが多いからか、少し興味深くも思っている。

ある種の新展開で以前の私に縁のなかったことがたくさんあるからだ。

たとえば祖父が居た頃に建てた家の風呂が、身体の利かなくなった自分には少し助かる構造をしていることに気付く。

不調に合わせて生活をガラリと変えて最適化するのは少し面白い部分もある。

様々な工夫をするし、世の中のユニバーサルデザイン的なものへの感謝が大きくなる。

頭をいつもより使って段取りなんかも考える。

本当に不本意でもっと深刻な不調を抱えている人にはこんなスタンスでいられるのも腹立たしいかもしれない。

私もきっとこの程度で済んでるのでこんなに呑気なのだ。

ギリ厄払いに行けたからこの程度で済んでいるんだと思っている。本厄とか今から本当に怖いし。

調子のいい時に何をやるのか、他人にどんなふうに接するのかを少し考えるきっかけにもなってはいると思う。

高齢者向けの設備に感謝する日々を、尻もちをついただけで味わうことになり、やはり誰しも明日は我が身なのであると再確認している。

「自分は健康で関係が無いので、そうでない人間に関することは切り捨てていい」

とは私には思えない。

 

色々あり過ぎたよ今年

とにかくアイドル界隈、不祥事多かった。

4月までの推しグルは5周年にふさわしい右肩上がりだったのに、それ以降の逆風がすごくて流石に堪えた。

何よりもう全然事務所を信用できなくなった。

(売り込み方の点で移籍しないでほしい部分は絶対あるけど)

メンバーのことは基本相変わらず好きだけど、そのメンバー2名による不祥事が発端ではあるので難しいところである。

正直汐恩の件はJO1の風向きを変えてしまう一発目の出来事だったので当時は怒りもあった気がする。タイミングも良くなかった。ただ日を追うごとに事務所としての対応の粗末さで汐恩自体が必要以上に叩かれていて、もはや気の毒さと心配の方が上回っていた。

この件については、法に触れてしまったのでリカバリーは難しいだろうと思っていた。きっと彼はゲームが好きだから知らんうちに違法賭博に手を出してしまったんだろうと。でも実際にはそもそもパチンコ好きでオンカジに相当な額を注ぎ込んでいたのでそっちかー…と思った。

10日間の謹慎、迂闊ツイート、書類送検の流れだけでもこっちのスタンスは右往左往したし事務所としての対応に不安が大きかった。本人の受け止め方にも問題はあったと思うけど、そもそも事務所がそれでGOを出しちゃうほどの認識なのもヤバい。そういうの見てて認識がズレてちょっと軽く見積もってしまった部分もあるのでは?と思ってしまう。

私としてはこのまま活動してグループ全体に打撃を受け続けて、罵詈雑言で参ってしまうくらいなら活休させるべきだと思った。いくら怒っててもまだ脱退とかまでは考えられなかった。だってもう5年も一緒に過ごしてきてしまったから。

そしてこの活休の有耶無耶が明けないでほしいとも思った。

 

1人欠けた状態のJO1を応援する日々が始まった。

打撃を受けてもスケジュールは詰まっていて、JO1は歩みを止めなかった。

それでもJO1は、11人でJO1と宣言する覚悟を決めていた。当時はあまり気持ち良く受け止めることができなかった。自分のポリシーが法に触れたら推しでも、というか推しほど厳しく捉えるべきと思っていたからである。

ただずっとJO1の楽曲とパフォーマンスは素晴らしかった。そして時折ホッとするほどいつもの学童感があった。

 

10月、祭りと銘打たれた単独ライブが迫った頃。

文春が予告としてJO1のスキャンダルを匂わせてきた。様々な憶測が飛び交う中先立ってラポネから祥生の活休のお知らせがあった。同タイミングで同じ事務所の女の子についても同様のお知らせがあった。あっという間に点と点が繋がってしまった。

記事の内容が本当とすると、スマホを3台使い分けてまで二股をかけていたらしく私はその点がどうしても許せなかった。そして、全くそういうことをするイメージが湧かなかったため彼の二面性が怖くなった。

ショックを受けたとしても熱愛報道くらいならスルーできたと思う。その人が本当に好きで、一途に思っててということなら私は構わなかった。

同じ事務所内であることで、規約違反だったりヲタクの心情が悪かったとしてもまだ考える余地はあった。強いて言えばアイドル業まだもうちょっと貪欲にやる時期なのでは?とかはあるかもしれないし、今年はあまりそういうの聞きたくないよとかはあったと思うけど。

でもスマホ3台使い分けて二股…そこまでして浮気したかったのかとか、じゃあ彼は誰が大切なんですか?とかずっと思ってしまう。

彼自身も彼の大切にするべき人も幸せにならないようなことをしてほしくなかった。

芸能界にいてもいなくても幸せを願える、幸せが想定できる状態にあってほしいと思っていたのでそれが辛かった。

ずっと許せる気がしないけど、インスタを開けば彼が頻繁に投稿をしてくれていたことに気付くし、プラメは活休まで毎日のように送られていた。

一説によるとプラメ1通送るのにもログインみたいなのを2回しなきゃいけないとか結構めんどくさいらしい。それをあんな量送ってたことは嘘じゃないんだよ。あなたが頑張ってたことも知ってたから悔しいよ。ここで終わりでもよかったのか…?

 

結成日のお祝いも上手くできないまま12月31日になってしまった。

グループとしてはこれだけ色々あっても(なんならサッカー案件とかでもズタボロだった)事務所がそれに対していつもまともな対応しなくても、メンバーはいつもおくびにも出さず素晴らしいパフォーマンスをした。楽しませてくれた。

今月頭に汐恩の脱退が決まってしまった。この1ヶ月はお別れの空気で汐恩の誕生日と結成日とJAMWEEKを過ごした。最後に特典会できたのはよかったなと思う。

汐恩は本当にバカなことをしたけどよく頑張ったと思う。

特典会の空気や昔のスタッフが駆けつけてくれたらしいことなど考えても汐恩はあのまま汐恩なんだと思う。

どうか穏やかに変な大人に騙されずに信頼できる人のもとでなるべく幸せに過ごしてほしい。

 

そして年末契約更新らしいと発覚したラポネで5人の契約終了が発表される中、祥生の契約がどうなっているのかいまだにわからないのは本当に恐ろしいことだと思う。

スキャンダルの相手は謝罪コメントも契約終了も発表されてるのに、現段階で何の続報も無いの怖すぎるんだけども……

 

長くなったけど年内に色々振り返りたいので、また別で更新します。

とりあえずここまでの感想を小出しに。

愛する母

母は最近、私に優しい。

 

以前からも優しい母ではあった。

ただ社会人として、いい大人として大変情けない状態にある私はそれなりに呆れられている部分が増えていた。

 

そういう経緯もあり、自分は今回仕事を辞めることになったことについて、もう縁を切られる覚悟で打ち明けた。

 

在職中にも甘ったれずに頑張れという雰囲気だった母だったが、何故かあっさりこの件を受け止めて度々「焦らなくていいからゆっくり行こう」と言ってくれるようになった。

 

あれだけ叱咤激励しても、堪えきれず精神科に行くようになり顔がこけた娘の限界を感じたのかもしれない。

 

我が家は名前のつかない不調の激しい家系である。

母もきょうだいも免疫不全のような状態があり、ステロイドの内服やひたすらに寝ることでしか回復できないことがある。

私はこれまで家族の中では胃腸の弱いタイプではあるが、そういった大きな不調はなく単純に運動ができなくて体力が無い人間として生きてきた。

 

社会人になって自分には精神力も無いことに気付いた。

「あなたは忍耐はある子だと思ってたのに」と仕事を辞める数ヶ月前、母に言われた。

 

この情けないまでの精神力の無さが今回の辞職の直接的な原因だと思っている。

その一方で、辞める前の二ヶ月くらいで関節リウマチや膠原病を疑う症状が出た。

そして仕事を辞めてから全く予期せぬ不調が次々襲ってきていて、私にも例に漏れず免疫不全説が浮上してきた。

 

おそらくそういった事情もあって、母は私に急激に優しくなった部分もあるのだと思う。

 

私は母のことが昔からとても好きで、それなのに母を喜ばせることを何もできない親不孝で、大人になるにつれ変な溝ができたように感じていた。

 

優しい母が呆れたり苛立ったりするほど自分が情けないため、母のことを勝手に怖がるようになってしまった部分もあった。そして自分を隠すようにもなった。

縁を切られる覚悟をして辞職を打ち明けたのも、私が必要以上に母を怖がっていたということなのかもしれない。

 

また最近体調を崩し今度は高熱で数日寝込んでいたところ、母に「あなたが子どもの頃に熱性痙攣になったことを夢に見た」と言われた。

きょうだいにも「私は具体策を言おうとしてしまうけど、お母さんはあなたに寄り添ったり見守ろうとしていてやっぱり母親なんだなと思った」と言われて涙が出た。

 

母は今も私の母なんだという当たり前のようでそうでもない認識が嬉しくて泣いた。

 

親離れできなくてごめん。

 

私は成人してから、小さい子のいる家庭を見る時に胸が苦しくなるようで涙が出ることが増えた。

みんなはそうなのかもしれないけど、私はそこから自分が家庭を持って自分の子に幸せな思い出を作ってあげようという方向にいかなかった。

私は戻れない幼少期の暖かさに憧れて泣くことしかできなかった。(本当に精神的成長が無いのかもしれない)

 

その暖かさが少し今甦っているような感覚でずっと何とも言えなくて、胸が苦しくて涙が止まらない。

別にずっと母とともに居たけれど、自分はもう子どもではないし色々なことが変化してしまったのであの感覚には戻れないと思っていた。

今この瞬間に与えられた優しさをどうにかして永久のものにできないかと思ってしまう。

この愛情に対して対等な価値のある返事や行動や贈り物を私は用意できないままこれまでの人生を歩んできてしまった。

 

お母さん、今のところ全く親孝行できてなくて本当にごめんなさい。

なんとか生きようと思ってはいるし、それより死ぬ勇気が無いので結局生きてるんだけど、それ以上のことが果たしてできるのか全く検討つかぬままここまで来てしまいました。

好き放題可愛がれる孫も産んでやれなくて本当に申し訳ないです。それどころか花嫁姿すら見せることもできず、なんとなく安心させることができずにいます。

ただ私には幸せだった、恵まれてたと思うことがたくさんあって、そして好きなこととやりたいこともたくさんあります。

あなたにはいつも泣き顔を見せてたので、幸せじゃないのは私のせい?と言われたこともありました。

私は泣いてばかりで、他人のためになるようなことは何もできてませんが、私自身は幸せだったと思います。

本当にどうしようもないやつでごめんなさい。

 

 

 

少しでいいからこれからまともに向き合って、もう少し正直で心を通わせられる生活を送りたいと思っている。

美しい町

 

私は私を止めない。

 

通い始めた精神科は山あいにあり、周辺は綺麗な川と牧歌的な風景が目に優しかった。

 

病院の人たちも皆親切で温かく、私をいつも診てくれる院長の先生はよく話をしてくれた。

 

院長が話す時間の方が長い時もあった。

でも不満はなかった。

 

「話したいことは全部話して、ここに置いていくと良いですよ」

と、院長が言ってくれた。

 

この話を聞いた家族やパートナーが

「置いていくっていう表現が良いね」

と口を揃えて言っていた。私も本当にそう思う。

 

そばで付き添ってくれていた看護師さんが

「また院長に話に来てくださいね」

と言ってくれた。

 

行きと帰りに周辺を散歩して、川や田んぼを眺めたり、お気に入りのお店でも話し込んだりして帰る。

 

会う人もお店も少ない町だけど私にとっての必要最低限がぎゅっと詰まっているように思えた。

いつも心が満たされて帰ることができた。

 

住むには厳しい環境かもと思うけれど、通院で来るには申し分ない。

 

とりとめもなく感じていることを話す

今まではKPOPとかダンサブルな曲が好きだった。

最近は聞けてクラシックとかインストの曲、外国語のバラードとかになった。

バラードは元々あまり好きではなかった。眠い曲は苦手なのに、今は穏やかな曲しか聴きたくない。

 

本は読みたいと思っているけど、具体的な内容があるとすぐ疲れて読めなくなる。詩とか言葉を表面で綺麗だなってなぞれるくらいの本ならたぶんまだ読める。

 

行きたい旅行先はたくさんある。

今は少し出かけただけで疲れてしまうし、出かけて得られるものの方が少ない気がしてしまって億劫になっている。

 

映像の配信サービスはいつでも見られて、中断もしやすいのがかえって不向きなのかもと思い始めた。こんなことしてる場合じゃないかもとソワソワして見ていられない。むしろ映画館やテレビのリアルタイム放送の方が集中して見られるような気がする。

 

人の多い場所や自分の神経に少しでも触れてしまう場所にあまり居られなくなった。

もともと感覚過敏なところがあり、ダメな時は動くものを見られないし匂いの強いものもダメで、何か考え事をしただけで吐き気がするため寝るくらいしか出来なくなる。

最近はずっと口内炎が治らなくて食欲が無く、甘いものやカフェインもあまり摂りたくない&控えているのでカフェ巡りも難しくなった。

過ごしやすいところで長時間居させてくれるところを探すのに苦労して、公園や市の施設にいたりすることが増えた。

 

自分の身体の中がゾワゾワと蠢いて、大声を出して暴れそうになるのを唸りながら抑える。

最終的に眠さとは別の理由で寝る以外の選択が無くなる。

思考そのものを止めることでしか解決できないことがある。考え事をするのも好きなのに。

 

ただ、今は死にたいとか消えたいという気持ちはそこまで強くないし、眠れているので全然良いのかもとは思う。

 

いくらでも寝られてしまうのもどうかと思うが、眠れないよりずっと良い。

 

頭がずっと霞がかってモヤモヤしている気がする。

こんなに感覚過敏なのに微妙に世界がぼやけている感じもする。