最近の料理の話

ブログのタイトルからダサくて悩んでしまう、今日に限らず。

かつて描いた絵のタイトルも苦戦してつけていたし、たぶんダサかった。

そんなことを最初に少し伝えてみたかったのは、そういうことを含めて今はたくさん話したいことがあるからなんだと思う。

昨日今日は秋みたいに涼しくて、食欲も睡眠欲もここぞとばかりに出てくる。同時に趣味、創作を頑張りたい気持ちも出てきてしまって急に忙しくなる。

うすうす感じてはいたけれど、私は夏の暑さが嫌いなようだ。断然冬派。

暑くて湿度が高い日本の夏は全てのやる気を削いでしまう。

この夏は胡瓜を定期的にたくさんもらうので、常に塩揉みして美味しくいただいている。透き通って鮮やかな緑がコリコリ言いながら身体の火照りを取ってくれるのが楽しく美味しい。

毎年、梅ジュースとスイカには随分助けられていてそれは今年も変わらず。

今年は梅干しを叩いて混ぜたりしてわかめと胡瓜を酢の物にしたりするのがとても美味しい。

塩揉み胡瓜は作り置きしておいて、クリームチーズが塗られた食パンにハムとともに載せられるとお腹的にも手間的にも朝起きてすぐ食べられて良い。

美味しいサンドイッチを研究してた時期もあったけど、私にはこれで十分だったと思い知らされた。

料理は楽しい時期と楽しくない時期、アイデアが浮かぶ時期浮かばない時期、やる気がある時期ない時期がそれなりにあるが、今は割と楽しくやれていると思う。

最近は家族が喜ぶものが少し作れている気がして嬉しい。当たり前ながら美味しいとか満足そうな感想が聞けるとこんなにも嬉しいものなんだなと思う。

マルチタスクが成功して想定よりスマートに大皿のグラタンができた時は小躍りしそうだった。

こういう家での時間に土井善晴さんとクリス智子さんのポッドキャストを聴くのも楽しい。

毎日、0.25人前くらいの人間としてしか生きられていない自覚があるけれど料理ができているだけで何か大きな充足感がある。

 

親交

自分でもこんなに普通でいられないと思わなかったし、情けない生き方をするとも思ってなかった。

もともと家庭的ではない自覚があったので、では仕事に精を出してバリキャリにでもなるのかと、あるいはワークライフバランスが調和した人生を送れたらと考えていた。

どちらも今のところ実現していない。

 

ただ、うっすら罪悪感を抱えながらうっすら許されている気がして甘えている。

 

自分には自分の家族、特に親がどういう人なのかということが今ひとつわからない。

思い込みかもしれないが、私とは結構違う感性を持っているのではないかと考えているのでなるべく変に思われないように過ごしている。

 

自分はもともとかなり直感型で好奇心ですぐ首を突っ込む方の人間だと思っている。

今そこまで危険に晒されず、大きな失敗をした感じになっていないのは家族との仲の良さと、その家族の顔色を悪くしたくない一心があるからだと思う。

なので少しつまらなくて何者でもないのを他人のせいにしてしまう節もある。

 

家族のことは好きなので疎遠になりたくない。

一方でもう少し距離を取った場合に、私はきっと全然違う生き方を能動的にやり出すだろう。

もうそんな自分探し的なことをする、しないで逡巡する時期は過ぎている気がしている。

 

このどこにも馴染めず、まだ何もやらずに足踏みしている人間を面白がってくれる人が時折いる。

 

その人たちはきっと私が好奇心に負けた時に出会う人で、どこかで呼応しているのか私の中の本質的なものを鋭いセンサーで感じ取っている。

 

私はたぶん発掘されたいと願う木材の中の仏像で、その人たちは私の声を聴く仏師なのだ。

 

私は私がありたい姿を知ってるような知らないようなで時々衝動に突き動かされ、相手は私の核を捉えて少しずつ導いていっているのではないかと思う。

お互いに明確な方向性に向かっているのではなくて探り探り掘り出してるような気もする。

 

不思議な巡り合わせで、何度かこういう出会いをしては相手が私に贈り物を残していく。

 

私はいつも相手へ返せるものを持っていないと感じている。

自分がもしかしたら何かを手渡しているのかもしれないけど、相手にしかわからないものなのかもしれない。あるいは未来のどこかで私が返す可能性もあるのかもしれない。

 

もちろん可能な限り感謝を伝えお礼をするのだが、私がもらっているような心に置かれる類の贈り物は今の私が意識して渡せないことを理解している。

たぶんかなり無意識的なところで、それがいつどこでなのかもわからないで実行される気もしているので、相手に無礼のない限り軽やかに交流しようと思う。

 

 

26年7月

季節は自分の気持ちどころか性格まで変えてしまう。

虫が出るくらい暖かくなってからの季節をあまり愛していないかもしれない。

冬に確かに思えた自分の趣味も考えも暑さに溶けていってしまう。冬生まれの私の意志は雪のように融点が低いらしい。

 

語るほどの人生を送ってもいないと思っている。毎日、毎年、ほとんど同じ考えのもとに自らを主張し、それが深まったり歳とともに成熟したりもしていない気がする。

それでも、考えたくてたまに忘れたくなくて言いたくなる。

 

昔から威勢の良い若気の至りのようなものが好きだった。それを「通り過ぎる若さ」や「一時のブーム」だと思いたくなかった。

だから丸くなったり、家庭的になったり、趣味の変わった知人を見ると寂しさを覚えた。

別にそれは悪いことではなくて、むしろ私がいつまでも考えが幼稚な部分があるんだと思うんだが…

とはいえその感覚の自分というのを手放せないままここまでやってきてしまったし、結局家庭的になる必要も無い人生を選択してしまっているので私個人はある程度変わらないでやっていくと思う。

それが誰かを救うのかどうかはわからないが。

 

季節によって人格が変わることはたぶん止められないし止める必要もない。

自らの考えは少しずつでも深まるきっかけがあると良いなと思う。

ある程度は若い時の自分と付き合って、近くに居て欲しかった奴として夢を叶えてやろうと思う。

 

冬場の下書きを供養させて

少し前に体調を崩した。

原因は結局わからなかったが、胃腸が弱り食が細くなった。

深夜に目が覚め、具合の悪さから#7119に初めて電話をかけた。

時折寝ても全く楽にならず明日を信じられない不調がある。

 

回復してきたものの、自分自身がいつの間にかあらゆる意味でおじいちゃん化してることに気付いた。

生活のスピードも、趣味もおじいちゃんみたいになっている。

でもたぶん自分はおじいちゃんが好きなんだと思う。

接するのも好きだし、自分も良い老紳士になって喫茶店とかやりたかった。

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これから性別を変えることはできないし、高齢になるまで生きたいともあまり思ってない。

(というかこんな世の中で高齢まで生きる展望持てなくないですか?)

でもなるべく自分の好きなおじい感を出しながらゆったりと生きていきたいなと思う。

身体がもう全然言うことを聞かない割に中途半端に健康?なのでなんの保障もなく、脳内で「野垂れ死ぬかもしれないね」と朝ドラの曲が聞こえてくる。

 

こういう人間こそ地盤のしっかりした生活(収入)が欲しいところだが、そういう人間が一番未来に堅牢な約束をすることができない。

 

その日暮らしでもあまり不安じゃないならそうしてると思う。少し不安が強いから頑張ってみて案の定心身がめっちゃ疲れるんだけど…

正直老後のこととか10年後、5年後のことも考えられないので、自分がイメージできる明日とか1年とかのためにしか頑張れない。

私には子どもが居なくて、おそらくこの先もそういう存在は現れない。

短い未来や今を生きるためにしか生きていないので、今に集中してよく感じてなるべく穏やかに生きていきたいと思うだけ。

季節が巡ってまた桜が見られた時に「なんとか会えましたね」って話せればそれで良くて、どの時期もやり過ごし方を覚えて愛せたら人生は上出来。

 

2026年3月所感

「日に日に世界が悪くなる」

朝ドラの主題歌でそう歌い出されると、強烈だなと思うと同時に共感してしまう。

私も長く生きてないし学が浅いので今がどのくらい酷い時代なのか冷静に分析することが難しいのだが、おそらく今感じてるこのキナ臭さは上の世代にも大層な不安を感じさせるものだと思う。

 

どれだけつらくてもそこから目を背けることはできないし思考を止めることもできない。

日によっては考えられないことももちろんあるけど、数ヶ月単位でそれらを放棄したらもう戻れないものがありきっと後悔する。

 

毎日世界情勢や政治についての話題で心が疲れきり自暴自棄になりそうになる。

それでも私は抵抗し続けていたいし、逃げないまま今咲いている花の美しさに気付きたいと思っている。

私はなんなら他人よりも心が狭いし性格が悪いし根暗の自覚があるが、善くありたいと願い努めてはいる。

心が狭くてエネルギーが無いので、社会的地位を高く保つ努力をするとすぐに余裕が無くなり、喧嘩を吹っかけるし情報処理が追いつかなくなる。

私はすごく早い段階で出世と昇進という言葉から縁を切った。

意欲的でなくてもそこを目指さないと野垂れ死ぬのかもしれないけど、なるべく人間性を保って特別なこともなく死んでいきたい。

私個人が生きている間に自分の功績という形で何かを遺すことはおそらく期待できない。私はすでに子孫も諦めたし、自分の仕事がそれとわかる形で後世に遺ることも無いと思う。

ただ、雨垂れの一滴でも良いので、私にまつわることが平和に繋がってほしい。

 

相手を尊重すること、平和を愛すること、違いを認め合うことは時にとても頼りない。

対立する考えの人々が強い口調で断定的な物言いをする時にも、こちらはその同じ土俵に立つことで矛盾を抱えてしまうことになる。

強くて断定的な言い方をこちら側はその信念から言うことが難しい。

どちらの意見がわかりやすくて大衆が流されやすいかなんてハッキリしている。

そのズルさを向こうは理解して煽ってきているのだろうか。少し憤りを感じてしまうことがある。

 

同じ土俵に立たないで、上手く戦えなかったから今日の状況があるのだろうか。

私はその逆もあるように思っている。

いつのまにか共感できていたはずの人たちが、強い言葉を使い攻撃的になっていったことで支持を失っていった部分もあると思う。

この考え方も失敗だったんだと思わせたことで揺り戻しが起きた。

 

自分も焦るし危機感を煽らないと、急がないととも思ってはいる。

ただ、焦って責めても大衆はついてきてはくれないのだと思う。

私はわかりやすいことや断定的な表現をずっと忌避してきたし今後もそうではあるけど、そういう部分を考えながらでも工夫して聞いてもらえる話に近づける必要があると思っている。

少なくともこちらまで攻撃的になっていては仕方ないし、これから知る可能性のある人を見下すような言い方や責めるような言い方をしていては状況は変えられないのだろう。

 

焦る気持ちはわかるけど、やはり落ち着いて地道にやるしかない。

この状況で地道にだって?と思われるかもしれない。

理解している。だから私の代では世界は改善しないかもしれない、自分は何も成し遂げないだろうと言っている。

それでもその小さな種が偶然奇跡的に死後に芽吹くのを期待してやっていくしか無い。

全て何が後世に遺るかなんて、いくら計画してようが最後は運任せでもある。やれる準備をするしかない。

だからこそ今小さな平和を作っておく心の余裕が欲しい。

私の生きてる間に…と言っても正直この情勢で私は一体5年後も生きていられるのか?と思ってる。

一寸先もここまで暗くて不確実だと思わなかった。だからこそ自分の老後より大切にしたいことが出来てしまった。

全て無意味かもしれない。でも、せめて綺麗にやっていきたい。それだけである。

 

前厄、階段落ちを繰り返す

今年に入ってから毎月一回階段で転んで、尻もちをついている。

今回は痛みが強くてまだ静養中なのに、たぶん今風邪をひき始めている。めっちゃ花粉症の症状強いみたいな感じだったけど、38度出ちゃったので風邪だと思う。

今年から前厄なので厄払いに行ったんだけど、まあそれなりにずっと不調で慢性的に口内炎口角炎痔のいずれかに悩まされているし、痔、便秘、尻もちによる痛みでトイレで2時間死にそうになってた。

随分情けない話である。

なんなら階段落ちは毎回出先でやらかしていて、五分ほど動けないでいたので毎回親切な中高年のみなさんに優しく心配してもらっていた。

整形外科にも世話になる機会が増えていよいよ高齢者の生活にかなり接近しているし、その高齢者にむしろ助けてもらっている。

なんて情けないんだ。

痛みと不甲斐なさと優しさに泣いている。

ストレッチくらいは頑張ってたのにそれすらも今はなかなかできない。あと精神科の通院が逆にできなくなったりもしてる。薬は切れてるし情緒もまだ平気ではないんだけど、他のことが起こりすぎていて。

 

ただ何とか大ごとになりきらずに回復しそうな兆しのものが多いからか、少し興味深くも思っている。

ある種の新展開で以前の私に縁のなかったことがたくさんあるからだ。

たとえば祖父が居た頃に建てた家の風呂が、身体の利かなくなった自分には少し助かる構造をしていることに気付く。

不調に合わせて生活をガラリと変えて最適化するのは少し面白い部分もある。

様々な工夫をするし、世の中のユニバーサルデザイン的なものへの感謝が大きくなる。

頭をいつもより使って段取りなんかも考える。

本当に不本意でもっと深刻な不調を抱えている人にはこんなスタンスでいられるのも腹立たしいかもしれない。

私もきっとこの程度で済んでるのでこんなに呑気なのだ。

ギリ厄払いに行けたからこの程度で済んでいるんだと思っている。本厄とか今から本当に怖いし。

調子のいい時に何をやるのか、他人にどんなふうに接するのかを少し考えるきっかけにもなってはいると思う。

高齢者向けの設備に感謝する日々を、尻もちをついただけで味わうことになり、やはり誰しも明日は我が身なのであると再確認している。

「自分は健康で関係が無いので、そうでない人間に関することは切り捨てていい」

とは私には思えない。

 

色々あり過ぎたよ今年

とにかくアイドル界隈、不祥事多かった。

4月までの推しグルは5周年にふさわしい右肩上がりだったのに、それ以降の逆風がすごくて流石に堪えた。

何よりもう全然事務所を信用できなくなった。

(売り込み方の点で移籍しないでほしい部分は絶対あるけど)

メンバーのことは基本相変わらず好きだけど、そのメンバー2名による不祥事が発端ではあるので難しいところである。

正直汐恩の件はJO1の風向きを変えてしまう一発目の出来事だったので当時は怒りもあった気がする。タイミングも良くなかった。ただ日を追うごとに事務所としての対応の粗末さで汐恩自体が必要以上に叩かれていて、もはや気の毒さと心配の方が上回っていた。

この件については、法に触れてしまったのでリカバリーは難しいだろうと思っていた。きっと彼はゲームが好きだから知らんうちに違法賭博に手を出してしまったんだろうと。でも実際にはそもそもパチンコ好きでオンカジに相当な額を注ぎ込んでいたのでそっちかー…と思った。

10日間の謹慎、迂闊ツイート、書類送検の流れだけでもこっちのスタンスは右往左往したし事務所としての対応に不安が大きかった。本人の受け止め方にも問題はあったと思うけど、そもそも事務所がそれでGOを出しちゃうほどの認識なのもヤバい。そういうの見てて認識がズレてちょっと軽く見積もってしまった部分もあるのでは?と思ってしまう。

私としてはこのまま活動してグループ全体に打撃を受け続けて、罵詈雑言で参ってしまうくらいなら活休させるべきだと思った。いくら怒っててもまだ脱退とかまでは考えられなかった。だってもう5年も一緒に過ごしてきてしまったから。

そしてこの活休の有耶無耶が明けないでほしいとも思った。

 

1人欠けた状態のJO1を応援する日々が始まった。

打撃を受けてもスケジュールは詰まっていて、JO1は歩みを止めなかった。

それでもJO1は、11人でJO1と宣言する覚悟を決めていた。当時はあまり気持ち良く受け止めることができなかった。自分のポリシーが法に触れたら推しでも、というか推しほど厳しく捉えるべきと思っていたからである。

ただずっとJO1の楽曲とパフォーマンスは素晴らしかった。そして時折ホッとするほどいつもの学童感があった。

 

10月、祭りと銘打たれた単独ライブが迫った頃。

文春が予告としてJO1のスキャンダルを匂わせてきた。様々な憶測が飛び交う中先立ってラポネから祥生の活休のお知らせがあった。同タイミングで同じ事務所の女の子についても同様のお知らせがあった。あっという間に点と点が繋がってしまった。

記事の内容が本当とすると、スマホを3台使い分けてまで二股をかけていたらしく私はその点がどうしても許せなかった。そして、全くそういうことをするイメージが湧かなかったため彼の二面性が怖くなった。

ショックを受けたとしても熱愛報道くらいならスルーできたと思う。その人が本当に好きで、一途に思っててということなら私は構わなかった。

同じ事務所内であることで、規約違反だったりヲタクの心情が悪かったとしてもまだ考える余地はあった。強いて言えばアイドル業まだもうちょっと貪欲にやる時期なのでは?とかはあるかもしれないし、今年はあまりそういうの聞きたくないよとかはあったと思うけど。

でもスマホ3台使い分けて二股…そこまでして浮気したかったのかとか、じゃあ彼は誰が大切なんですか?とかずっと思ってしまう。

彼自身も彼の大切にするべき人も幸せにならないようなことをしてほしくなかった。

芸能界にいてもいなくても幸せを願える、幸せが想定できる状態にあってほしいと思っていたのでそれが辛かった。

ずっと許せる気がしないけど、インスタを開けば彼が頻繁に投稿をしてくれていたことに気付くし、プラメは活休まで毎日のように送られていた。

一説によるとプラメ1通送るのにもログインみたいなのを2回しなきゃいけないとか結構めんどくさいらしい。それをあんな量送ってたことは嘘じゃないんだよ。あなたが頑張ってたことも知ってたから悔しいよ。ここで終わりでもよかったのか…?

 

結成日のお祝いも上手くできないまま12月31日になってしまった。

グループとしてはこれだけ色々あっても(なんならサッカー案件とかでもズタボロだった)事務所がそれに対していつもまともな対応しなくても、メンバーはいつもおくびにも出さず素晴らしいパフォーマンスをした。楽しませてくれた。

今月頭に汐恩の脱退が決まってしまった。この1ヶ月はお別れの空気で汐恩の誕生日と結成日とJAMWEEKを過ごした。最後に特典会できたのはよかったなと思う。

汐恩は本当にバカなことをしたけどよく頑張ったと思う。

特典会の空気や昔のスタッフが駆けつけてくれたらしいことなど考えても汐恩はあのまま汐恩なんだと思う。

どうか穏やかに変な大人に騙されずに信頼できる人のもとでなるべく幸せに過ごしてほしい。

 

そして年末契約更新らしいと発覚したラポネで5人の契約終了が発表される中、祥生の契約がどうなっているのかいまだにわからないのは本当に恐ろしいことだと思う。

スキャンダルの相手は謝罪コメントも契約終了も発表されてるのに、現段階で何の続報も無いの怖すぎるんだけども……

 

長くなったけど年内に色々振り返りたいので、また別で更新します。

とりあえずここまでの感想を小出しに。